特捜最前線 #307-358

特捜最前線 第355話 トルコ嬢のしあわせ芝居!

【脚本 石松愛弘 監督 天野利彦】…

いわゆる風俗を表す“トルコ”という言葉が、現在通常の放送では使えないため、地上波では再放送不可能な作品。

ちなみに、この回の本放送は、その言葉が使えなくなる直前だったらしい。

ただ、ゲスト出演の柳沢慎吾は今と変わらずいい味を出しているものの、登場人物に同情する余地が全く無く、話自体は正直大したことはない。よって、地上波では封印されている話がちゃんと見れる、という程度の価値しかないように思う。

ところで、この回はファミリー劇場の放送では、明らかにニュープリントの放送であった。

通常、ファミ劇での放送は、本放送当時にテレシネしたであろう映像が使われている。テレシネ技術もさることながら、当時のアナログビデオの映像そのままなので、見た目にも映像は劣化している。

今、ファミ劇で放送されているのは1984年の作品なので、まあまあ見れる画質であるが、それでもキレイとは言い難い。おそらく、アナログビデオの記録方式と、その劣化に起因するものと思われる。

ところが、これがニュープリントになると、テレシネ技術とともに、おそらくビデオもデジタル方式で記録しているので、かなりキレイになる。

もっとも、古いネガをプリントするため、逆に粒子感が際立ったり、妙に赤味の強い映像になったり、音が劣化していたりと難点がなくはないのだが(音に関しては、古いビデオの方が良質だったりする。光学式ではなく、磁気テープに記録しているためだと思われる)、当時映像と比較してみれば、その違いは歴然。

ちなみに、特捜最前線の場合、最初の赤バックロゴ画面だけで、ニュープリントかそうでないか分かる。ニュープリントの場合、テロップに“にじみ”がなく、画面全体の黒バチもなく、ビタッと画面が止まっているように見える。

市販されているDVDソフトもニュープリントだが、かなり画質は荒い。おそらく、元映像が同じであれば、DVDよりもスカパーやケーブルテレビの方が、高画質で視聴できるようである。

で、なぜこの回だけニュープリントで放送したのかは不明だが、考えられる事は、先に述べたように、この回は地上波では封印されているため、放送用素材が散逸しており、ファミリー劇場が東映にニュープリント版を作ってくれるように頼んだか、または既に東映が作っていたニュープリントをファミ劇が借りた、ということろか。

ちなみに、ここ最近でニュープリントによりファミ劇で放送された『特捜』は、私が現在確認しているところでは、332話『殺人実写フィルムの女』と337話『哀歌をうたう女』である。

332話に関しては、地上波で再放送されなかったケースもあったらしい。もしかしたら放送素材の状態とか有無とか、そういう事に関係あるのかもしれない。

蛇足だが、ゲスト主役の佳村萠さんは、愛川欽也さんの娘さんなのだそうである。

特捜最前線 第354話 証言台の女秘書!

【脚本 石松愛弘 監督 村山新治】…

ここから4話分は“石松愛弘・悪女シリーズ”だそうである。
このシリーズでは共通して、朝倉陽子の唄う「悪女の子守唄」が挿入歌として使用されている。

神代を主役にすることが多い石松愛弘。この回も特命課の中では神代が中心的に動く回。

神代に他の刑事たちが半ば不審感を抱くという展開は、他の神代主役石松脚本でも見られた展開。

中盤まではなかなか面白かったのだが、第4パートになってから急に力技になってつまらなくなった。どうせなら話の面白さで最後までいってもらいたかったのだが。

この回、『Gメン’75』でもレギュラー出演した范文雀さんがゲスト出演。順番でいうとGメンの後ということになる。

この回も気丈な女秘書・弟と二人きりの姉、そして刑務所ないの化粧っ気のない女と、ひとりの女の三つの違う面を見事に演じている。

特捜最前線 第352話 レイプ・赤い靴の女!

【脚本 佐藤五月 監督 辻 理】…

後期の特捜には、前期ほど飛び抜けた傑作が少ない印象があり、前期の傑作に埋もれてしまいがちだが、これは傑作。DVDに入れていい出来だ。

刑事ドラマでは少数の、いわゆる“殺人の起こらない回”であり、これを書いてしまうとネタバレになってしまうのを承知のうえであえて書くが、タイトルにあるレイプ事件すら、この回では起こってないことになる。

この回で特筆すべきなのは、特命捜査課(のセット)での芝居が、かなりの時間に渡っている点である。

特命捜査課のセットは毎回出てくるが(ただし3年目の『誘拐』前後編では、逆に一度も特命捜査課が出て来ない、ということもあったりする)、刑事たちが集まる場所、報告する場所、会議する場所、という意味合いが強い。

しかしこの回では、この特命捜査課を主な芝居場とし、そこでの会話で、話が展開されている。

しかも、容疑者の身内や会社関係者が、次々と特命捜査課に現れるというくだりも、やや滑稽で面白い(しかも神代は、神代夏子を殺した犯人と対面してたりする)。

事件の真相は、赤い靴を履いていた女の、いわば“狂言”なのだが、それよりも、“なんでこんな奴のために”と思える男のために、橘が一所懸命になるというところに、この回の見所があったように思う。

これは以前の『虫になった刑事!』でもあったシチュエーションだが、最後の最後の意外な展開で、橘の行動が容疑者(とされていた)男の心に響くというのが良い。

今回は、脚本・演出ともに文句無く優れていた。

ところで、襲う役叶、襲われる役カンコで、もしもこんな襲い方をしたら的な検証をしていたが、

ベッドをそこまで忠実に再現する必要があるのか。

ていうか、相手がカンコなら絶対本気になりますね、私なら。

特捜最前線 第350話 殺人トリックの女!

【脚本 長坂秀佳 監督 山口和彦】…

法歯学の冷泉教授役として、二谷氏の妻・白川由美がゲスト出演。

特命課や課長に対抗意識を持っているような冷泉教授。その理由はこの回では明かされないが、特命課の冷泉教授に対する態度がメンバーそれぞれで面白い。特に吉野と紅林。

長坂脚本らしく、全編練られた話なのだが、今回は演出に問題があったのではないか。

ひとつはラスト。決定的な物証がある解明編ではないので、それを視聴者にキチンと伝えるには、見せ方にもう一工夫必要だったのではないか。アイデアが面白いだけに、何か消化不良の感がある。これは脚本というより、演出の責任のように思う。

もうひとつは、神代課長と冷泉教授との電話のやりとり。実際にはオプチカル合成で、二分割画面になっていたが、あれはマズいのではないか。

この話、神代課長と冷泉教授が同時に登場するシーンはない。これは意図的にそうしているのだと思う。だとすれば、たとえ電話で話すシーンにしても、そしてたとえ合成だとしても、同じ画面上にふたりを映すべきではないのではないか。

脚本に見せ方の指定があったのかどうかは定かではないが(多分ないと思う)、脚本家が意図してふたりを同時に出さない構成にしているのであれば、カット割りや双方の表情、音の効果などで会話を表現するべきであり、そうすることが、脚本家へ対する演出家の最低限の礼儀ではないのか。

映画は監督のもの、テレビドラマは脚本家のものと言われるが、演出がしっかりしていないと、いい脚本も死んでしまうのは言うまでもない。今回はそういう例のように思う。

ところで、漆でないのに漆と思っただけでかぶれる、という描写があったが、それはあり得る話だと思う。現に私、歯の治療跡が映った映像を見ただけで、歯が痛くなってきたし。

特捜最前線 第349話 ギリシャから来た女!

【脚本 阿井文瓶】…

国籍問題や法律のことにはここではいっさい触れないが、ひとついえるとこは、この回自体は駄作であるということ。

30分ものの内容を、無理やり1時間ものに伸ばした印象以外は受けない。前述のことに関しても、取り調べ室で女が一気に喋ってしまう展開というのは、ハッキリ言って興ざめ。テーマ性を持たせるにしても、1時間ものなんだから、他に方法があるだろう。

おまけに、店の中で皿がガシャンガシャン鳴る意味不明の演出も駄作具合に拍車をかけてしまっている。結局あれは何だったの??

というわけで、長坂秀佳シリーズと、同じく長坂脚本の“350回記念シリーズ”に挟まれた格好で、大したことなさ具合がさらに際立ってしまった不運な回、でした。