特捜最前線 第464話 埋み火・闇に濡れる哀切のルージュ!


「キドカラー」とか「LO-D」とか、ちょっと懐かしいですな。

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とりあえず、サブタイトルが変というかセンスがない、と言っておくとして。

今で言う認知症、老人介護の問題を、ストーリーに取り入れた話。

前半の方は、ややその“テーマ性”だけが前面に出ている感じがして、「特捜」のストーリーとしてはイマイチだなと思っていた。

つまるところ、豆腐屋に男が来てるか来てないかという点“だけ”が、この回の事件における、唯一と言っていい、話の中心となる要素だったのだが、明らかに、じいさんの話の方が主となっているので、犯人の方は完全にストーリーの中から薄らいでいた。

それでも終盤、時田が洗濯物から「男がいる」ことを見抜いたり、逃走に救急車を使ったり、「必ず彼女はじいさんのもとに戻ってくる」と、信じて待つ時田など、ラストでなんとかテーマ性とストーリーが両立できた感がある。

よって、ワタシとしては、十分に及第点の回だと、評価したい。

もっとも、この回に関しては、視聴者のおかれている境遇というか環境によって、ずいぶんと捉え方や感じ方が違ってくる可能性もある。

ワタシの場合、やはり両親が歳をとってきており、少なからず将来の不安というものはあるので、多少「自分だったら」と重ねて見てしまう感がなくはなく、考えさせられるところがあった。

この回、時田や桜井たちが、自分たちの親が年老いて、これから大変だ、というような話をしているが、親のいない紅林や叶の前で、こういう話をするのは、やや無神経ではないか、と思ってしまう。

『父と子の十字架』の紅林のセリフを借りるなら、「年老いたって嘆ける親がいるだけで、俺たちにとっては、エラく贅沢なことなんだよ」というところか。

無神経と言えば、強盗犯人役が、かつて“橘の息子”を演じた、マサル 兼 三郎少年の、神谷政浩氏であること。

ひとつの役について、途中で配役が変わることはあるが(神代夏子や津上トモ子も途中で演じる役者さんが変わっている)、橘の息子という重要な役柄、しかも、本人が役者を引退したとか、特にそういう事情がないのに、同じ番組で、しかも“犯人役”として出演させるというのは、配慮に欠けると言わざるを得ない気がするのだが。

これも、番組が長く続いたことから起こる弊害だろうか。

あと、どうでもいいが、「相手は銃を持っているかもしれん、十分に注意するように」という課長。

もしかして、ダジャレ…。

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