特捜最前線 第456話 終着駅の女I 新宿駅・田所初江の蒸発!


【脚本 橋本 綾 監督 天野利彦】

本編ラストに、次回登場する 敵ロボット ゲスト主役の女が登場…って、

『マッハバロン』か。

◆   ◆   ◆

何を意図して、こんなシリーズをつくったのか、さっぱり分からないが、ともかく、この回から3回は“終着駅の女シリーズ”だそうで、脚本は3本とも、橋本綾が書いている。

で、この回だが…。

正直言って、もしこの話が「特捜最前線」でなかったら、間違いなく途中でチャンネルを変えている。それくらい、つまらない話。

まあ、天野監督の手腕で、なんとか映像にはなってはいるが…。

いや、駅の階段で死んでいた女が、なぜか大腿部の人骨を持っていて、その身元を特命課が捜査する、という着眼点自体は実に良いと思うのだが、それが話の面白さに全く繋がっておらず、わざわざ面白いネタをドブに捨ててしまったような感じ。

話を書いたほうの意図はどうであろうと、終わってみると「あぁそうですか」という感想以外に残るものはない。

なぜそうなのか、具体的にそれを事細かに説明しても良いのだが、そのためにもう一度見直す必要が見いだせないくらい、話自体が全く心に響かない。

だいたい、“自分が殺して埋めた男を、一年後に掘り起こして大腿部の骨を持ち帰る”という、極めて整合性を欠く行動をとるような人物が、ドラマの中心人物である事自体、ワタシとしては、評価できない。

その他、この回の田所初江という女は、明らかに人格破綻しているとしか思えないような部分が多々あり、「特捜最前線」の一本としては、全く成り立っていない。

とにかく、この回には“話の面白さ”というものが全く無い。

ワタシは、まだシリーズ3回のうち1回しか見てない時点でこの原稿を書いているのだが、どうせやるのなら、佐藤五月氏に脚本を書いてもらってほうが良かったのではないか?

佐藤氏は、もともと女性を話の中心に据えた話が多いうえに、ほとんど悪意としかとれないような“毒”を大量に含んだ話が多い。

しかし、その“毒”こそが、言い換えると“話の面白さ”であり、佐藤氏の脚本を「特捜最前線」たらしめた、最大の要素である。

それと比べれば、ただ単に、どうでもいい女と男の話を、のんべんだらりと展開されたのでは、視聴者が(少なくともワタシは)話の途中でダレてきて、チャンネルを変えたくなっても当然である。

つまるところ、これは「特捜最前線」である必要が、全く無い話なのである。

そう考えると、「あぁ、やはり特捜は、この時期にはもう、終わりに近づいていたのだなぁ…」と、思ってしまうのだった。

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